とある理系大学生のクリスマス事情
「クーリスマスが今年もやーって来る~♪」
12月17日。大学からの帰り道。
すれ違った子どもが独特なメロディーを口ずさんでいるのを耳にして、来週がクリスマスの日だと気づかされた。
今年もあと一週間で終わりか。ずっと大学で卒業研究してたから、全然気づかなかった。
最近随分忙しかったからな。
研究室の雑務とかもかなり多かったし、短期アルバイトもちょくちょく入れていた。
そしてなにより卒業研究が忙しい。電気化学測定ばかりしている。
濃度99.5%エタノールの使用頻度がえげつない。
そういやこの前のアルバイトも、エタノール使って実験するやつだったよな。
小学生の子どもたちにエタノールの特性とか用途とか説明しまくって……。
「エタノールの凝固点はー114℃なんで、南極に持っていっても凍らないんですよ~。ほんと最強ですよね~?」
振り返ってみると、子どもたちの顔がこわばっていたな。
あれじゃ『エタノールが恋人』って捉えられてもおかしくないわ。
とまあエタノールのことは置いといて、今年は去年に比べてかなり忙しかったなー。
ーーいや待て、そんなことはないか。
去年は座学の講義を月曜から金曜までみっちり入れて、脇目も振らず勉強していたわけで。
そもそも忙しいなんて考える暇がなかった。テスト前の一週間は地獄だったな。
ーーそう考えると今年はまだマシと言えるのかもしれない。忙しいと感じる暇があるのだから。
24日の予定って入ってたっけ……? スマホで予定をチェック。
……何も予定は入ってない。うむ、喜ばしいことだ。
まずアルバイト関連だが、クリスマスの週はアルバイトを一切入れていないので、アルバイト関連でスケジュールが縛られることはない。
研究室関連はどうだろうか。
同じ研究室に所属している連中は特に実験をやる予定はないみたいだから、補佐役として駆り出されることはない。
あと、教授は他大学との共同研究の打ち合わせのため遠出して、二日三日帰ってこないと言っていた。
そして、俺の卒業研究は計画通り順調に進んでいるから、今年はもう実験をやる必要はないし。
ということはつまり、研究室の用事でもスケジュールが縛られることはないわけだ。
家の用事は……まあ格安アパートで一人暮らしだから何もない。
毎年のごとく大雪で実家には帰れないだろうし。
いろいろ考慮した結果……ガッツポーズ。
やったぜ! クリスマスは自由に過ごせる!
何して過ごそっかな~♪ 足取りが弾んできた。
……ん、ちょっと待ってーーふと足を止める。
重大なことに気づいてしまった。
その日、ぼっちじゃね?
一刻も早く家に帰って、遊び相手を探さなくては!
友達に片っ端からメッセージを送ろう。そうしよう。
四年近く使い込んだリュックを背負いなおし、月明かりの照らす闇夜を駆け出した。
次の日。12月18日。
昨晩、頻繁にチャットしている友達に片っ端からメッセージを送りつけていったわけだが、悲しいことに全員予定があるようで、見事にフラれてしましまった。
恋愛経験のない俺だが、数十人もいるフレンドからこぞって同伴を断られると、少なからず心にくるものがある。失恋とまではいかないが、疑似体験をした気分になった。
こうなってしまうと、もうどうしようもない。
ぼっちを回避する手段がなくなってしまった。
何をしたらいいのか。何ができるのか。
普段一人でいることが少ないので、一人で楽しめる娯楽というのをあまり知らない。
読書はほとんどしないし、テレビやネットの動画もほとんど見ない。
ビデオゲームはそこそこやっているほうだが、協力してプレイするものばかりで、一人淡々とストーリーを進めていくようなものはやったことがなかった。
運動は全然していないし、音楽や絵描きはよくわからない。
こう振り返ってみると、自分がものすごく偏った存在であることを発見した。
周りに誰もいない孤独な空間で、何をしたらよいのか全く見当がつかない。
こうなったらネットで検索するしかないな。
『一人でできる趣味』で検索っと。
どれどれ……。めぼしいサイトをタップ。
テレビ、映画、ラジオ、観葉植物、ペット、料理、クラフト、マジック、占い、小説執筆、コレクト、ダーツ、アロマテラピー……。
な、なんと、想像よりはるかに多い!
数え切れないほどの事柄が出てきて、頭がくらみそうになった。
まさか一人で楽しめるものがこんなにも多くあったとは。
どの趣味も面白そうなものばかりで、わくわくが止まらない。
さっきまで何をすればよいか一切わからなかったが、選択肢がありすぎて迷うことになるとは。
格別面白そうなやつを選別して、手を付けていくことにしよう。
今年のクリスマスは忙しくなりそうだ。
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