第九話 暇つぶし
ガタッ!
……ん、どうやら居眠りをしていたようだ。
ルーシーが出て行ってからどれくらい時間が経ったのだろう。
そうだ、スマートフォンの充電をしていたんだ。電池はどれくらいまで溜まったかな。
おー、フルチャージになっている!
時間はちょうど12時ーーということは、俺は三時間近く居眠りしていたわけだ。
……居眠りというより仮眠に近いな。
ルーシーはお昼までには戻ってくると言っていたが、まだ来ないのだろうか。二階に確認しに行こうかな。
うーん、どうしよう。
この図書館に来たのは二回目だが、まだ中の構造を把握できていない。
下手に歩き回るのも良くない気がする。
とりあえず行くかどうかはさておき、充電用のケーブルを返しておくことにしよう。
「Hi」
「Oh, have you finished?」
「Yes. Thank you very much.」
愛想よく挨拶をして、充電用ケーブルを持ち主に返した。
よし、これでスマホが使えるぞ!
あとはルーシーが帰ってくるのを待つだけだ。
探索したいところではあるが、すれ違いになる可能性があるため、彼女が来るまでじっと座って待つことにしよう。
そこらへんにある本はやたら難しそうな学術本ばかり。日本語ならまだしも英語のものを読む気にはならない。
もう少しお手軽なものがあればいいのだが、探索し始めたら迷う可能性があるので、読書にありつけそうにはない。
こうなってしまっては本当にやることがない。ここから館内の景色を楽しむか、また寝るか、それともルーシーのスマホをいじってみるか。
よし、スマホをいじろう。ここは、RPGの世界なんだから、パーティー・メンバーの持ち物を操作しても何ら問題はないはずだ。
画面を点けてっと。……なになに、パスワード?
6桁の数字を入力する必要があるのか。確か前の世界で最新モデルのスマホは五回まで入力ミスしても大丈夫だったな。
何の数字を入れようかな。ここはひとまず、入力されやすそうな数字を狙っていこう。
まずは一つの数字を連打してみるか。
『333333』
うーん、違ったようだ。
なら次は、順番に連続した数字だ。
『123456』
うーん、これも違うか。
はあ、二回入力ミスしてしまった。前のモデルならあと一回入力をミスしてしまうとロックがかかってしまう。
このスマホはおそらく最新モデルだが、ここは慎重にいこう。スマホで遊んでいたことがばれて、昼食取り消しからのパーティーから脱退なんてことになりかねないからね。
よし、遊びはここまでにして、館内見物でもしようか。じっと座ったままだと体が固まってしまうからな。
よいしょっと。さて、付近をうろついてみよう。
数分後。
PCスペースの近場を野生の敵モンスターみたくうろついていると、
「マサーヤ! お待たせしました!」
と後ろから声を掛けられた。振り返るとルーシーが満足げな顔つきで立っていた。
「どうやらイベントは楽しめたようですね」
「はい、とても楽しかったです!」
何のイベントかは知らないが、楽しめたのならよかった。苦労してこの会場までたどり着いた分、満足できるイベント内容だったことは喜ばしいことだ。
「よかったですね。こちらも充電終わりまして、ケーブルは持ち主に返しました」
そう言って彼女にスマホを渡した。充電ケーブルを返すときの会話はなかなかうまくいったよなと思い出しながら。
「ありがとうございます! 待っている間、テモチブサタだったんじゃないですか?」
「ああ、ずっと寝てたんで大丈夫です」
スマホで遊んでいたことはもちろん言わないでおく。日本語が話せる貴重な人材を手放すわけにはいかない。
「ほう、そうでしたか」
ルーシーはそう応えると、スマホの画面に目を移した。
「ちょうどいい時間ですね。マサーヤは何か食べたいものはありますか?」
ルーシーはそう問いかけると、出入口の方向へ歩き出した。俺はそれについて行きながら、何を食べたいか考えてみた。
まず思い浮かんだのは肉料理。焼肉、ハンバーグ、生姜焼き、焼き鳥、……。
次に魚料理。焼き魚、寿司、えび、かに……。
そして麺料理。ラーメン、蕎麦、うどん……。
一日断食していたため、食べたい料理が次々と頭に浮かんでくる。ものすごい勢いで唾液が分泌されていく。
ああ、だめだ。考えていたらますます腹が減ってきた。候補がありすぎてひとつに絞るのは無理だ。
「なんでも食べます。ルーシーの行きたい店でお願いします」
「わかりました! ちょっと待ってください……」
ルーシーが立ち止まって、店を検索し始めた。どんな店がヒットするかな。
「あっ、良さそうな店を見つけました! 『The Pal's Bar』という名前です」
パルズ・バー。直訳して、『パルの酒場』か。『パル』という名前の人が経営している店なのだろうか。
……そういえば『pal』って、『仲間』っていう意味もあったよな。
名前にバーが付いているから、飯屋というより飲屋の印象が強い。料理は出ているのだろうか。
「食べ物は出してますか?」
「はい、メニューがたくさんあります」
ほう、それはそれは。そこに決まりでいいんじゃないかな。
「ならそこにしましょう。ここからどのくらい歩きますか?」
数キロ程度ならまだ歩けるが、一つ桁が増えるとなると体力がもたない気がする。
大学に入ってからほとんど運動していなかったから、体つきはもやしのように貧弱だ。
ここからの距離は聞いておかなければならない。
「徒歩十分。そんなに遠くないですね!」
「わかりました」
そう言ったところで、ちょうど図書館の出入口に着いた。
「では、出発しましょう」
「はい!」
軽やかな足取りで図書館を後にした。
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